マクロ経済学 — AD-ASの短期・長期の調整
マクロ経済学 — 垂直な長期総供給は跳躍ではなく、賃金が追いつく経路である
第8章では金融拡張の短期の結果と長期の結果を比べた。この章ではその間の時間を見る。短期から長期へ移る速さが、景気政策の効果がどれだけ長く続くか、不況がどれだけ長く続くかを決める。
1. 調整のメカニズム
短期総供給は、期待物価と賃金契約に依存している。産出が潜在水準より高ければ労働市場が逼迫して賃金が上がり、企業はコストの上昇を価格に転嫁する。人々は上がった物価を見て期待を引き上げる。その結果、短期総供給曲線が上に移り、産出は潜在水準に戻る。
2. 年ごとの経路
第8章の経済で名目貨幣量が10%増えたとしよう(AD:、、)。毎年の期待物価を前年の物価とすると、経路は次のとおりである。
| 年 | 期待物価 | 物価 | 産出 | 産出ギャップ |
|---|---|---|---|---|
| 0(ショック前) | 1.000 | 1.000 | 400.0 | 0 |
| 1 | 1.000 | 1.012 | 406.2 | +6.2 |
| 2 | 1.012 | 1.023 | 405.4 | +5.4 |
| 3 | 1.023 | 1.032 | 404.7 | +4.7 |
| … | … | … | … | … |
| 長期 | 1.100 | 1.100 | 400.0 | 0 |
ギャップは毎年約13%ずつ縮む。この数値では、ギャップが半分になるのに5年ほどかかる。調整速度は、短期総供給の傾き(賃金と価格がギャップにどれだけ敏感か)と、期待がどれだけ速く変わるかに左右される。期待が合理的で金融拡張が公表されていれば、期待物価がすぐに1.1に上がり、産出への効果はほとんどないかもしれない(第9章)。
3. 不況側の調整がより遅い理由
総需要が減って産出が潜在を下回れば、理論上は賃金と物価が下がって実質残高が増え、産出が回復する。しかしこの経路は拡張側より遅く、不確実である。
- 名目賃金の下方硬直性:労働者は名目賃金の引き下げに強く抵抗し、企業も士気の低下を恐れて引き下げを避ける。賃金が下がらなければSRASは下に移らない。
- 債務デフレ:物価が下がると、名目で固定された債務の実質負担が大きくなる。債務者が支出を減らすと総需要がさらに減り、物価がさらに下がる。フィッシャーが大恐慌を説明するために示した経路である。物価の下落がかえって総需要を減らしうる。
- 履歴効果:失業が長引くと技能が落ち、求職意欲がくじかれて、循環的失業が構造的失業に変わる。潜在産出そのものが下がり、「長期均衡」が不況側に移る。
4. 供給ショック後の経路
| ショック | 短期 | 長期 | 政策判断 |
|---|---|---|---|
| 一時的(原油高騰の後に復帰) | 産出↓ 物価↑ | 元の均衡に戻る | 期待が安定していればやり過ごせる |
| 恒久的(生産性の低下) | 産出↓ 物価↑ | 潜在産出が下がる | 総需要で以前の産出を守ろうとすればインフレだけが残る |
ショックが一時的か恒久的かは、発生時点では見分けにくい。恒久的なショックを一時的とみて総需要を支えれば、潜在産出より高い産出を維持しようとすることになり、インフレが加速する。
確認問題
上の経路で産出ギャップが毎年前年の87%に縮むとすれば、初年度のギャップ6.2が1を下回るのに何年かかるか。からなので、約14年である。期待が毎年実際の物価の半分しか追いつかなければ、調整はさらに遅くなる。この計算は、傾きと期待の形成方式が調整期間をどれほど左右するかを示している。
参考資料
- N. Gregory Mankiw, Macroeconomics, ch. 14
- Irving Fisher, “The Debt-Deflation Theory of Great Depressions,” Econometrica (1933)
- Olivier Blanchard and Lawrence Summers, “Hysteresis and the European Unemployment Problem,” NBER Macroeconomics Annual (1986)
- Milton Friedman, “The Role of Monetary Policy,” American Economic Review (1968)
Oiyo
編集部OIYO編集部は、経済・法律・生活・自己理解のテーマを一次資料と公開統計で検証してまとめます。すべての記事は出典を明記し、定期的に見直して正確さと実用性を保ちます。